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承認欲求の暴走描くスリラー『スプリー』監督インタビュー 「“主人公の心理が理解できる”という怖さがあると思う」

2021.04.26 by

この記事は1年以上前に掲載されたものです。

「カート(主人公)のようなことはやらないまでも、“彼の心理が理解できてしまう”怖さを感じてもらえると思う」

承認欲求の暴走が生んだ、SNS時代の若き殺人者を描く『スプリー』。メガホンをとったのは、ネットの進化とともに育ってきた80年代生まれのユージーン・コトリャレンコ監督だ。SNSをやらない人のほうが珍しくなってしまった現代において、アーティストであれ一般人であれ誰しもが、注目されることに価値のある“アテンション・エコノミー”に参加していると監督は語る。

「全員が観察者であり、全員が観察されている。自分のアイデンティティがSNSにリンクされている時代なんです。自分の人生が、SNSを通して他者にジャッジされているような状況ですね。だから僕自身も、カートの想いがどこから来ているのか、というのは理解できるんです」

主人公のカートは、“SNSでバズりさえすれば人生が好転する”という歪んだ思い込みを抱いている若者だ。長年動画投稿を続けているものの、フォロワー数は10人に満たず、誰も自分に関心を向けない淋しさと苛立ちをつのらせている。そこでカートは、殺人を生配信することで注目を集めようと試みる――。

長年、大量殺人者を描く映画のアイデアを練っていたという監督。当初は白人至上主義の男をイメージしていたが、ドナルド・トランプが大統領に就任したときに、このアイデアは破棄した。代わりに生まれたのが、「なんのイデオロギーも持たず、ただ“注目されること”に飢えている殺人者」だった。

共感しうる心理によって、殺人という一線を超えてしまうカート。このキャラクターは、アメリカで実際に殺人事件を起こした若者たちがヒントになっている。危うい題材だが、そういった存在を“クールじゃないもの”としてユーモラスに描くことが重要だったと監督は言う。実際に、主人公のカートは物哀しくも滑稽な存在として描かれており、笑いを誘うのだ。

「僕のやりたかったことは、行為は“ホラー”なんだけど、それを“コメディ”のかたちで見せるということです。やってることは恐ろしくても、一般的に見ればそれがいかに哀しいものなのか。そういった部分をコメディにして、笑えるものにすることが重要だと思いました。

多数の人を殺害したエリオット・ロジャーという男がいるんですが、彼はYouTubeに動画をあげていたんですね。孤独で、自分がモテないことに悶々としていたみたいなんです。彼って、意図的にヴィラン(悪役)のような立ち振る舞いをしていたんですよ。ちょっとした視線とか、話し方とか、あきらかに映画やコミックのヴィランを真似ていた。新聞やニュースや大統領は、彼のような殺人者を決して笑い飛ばすことは出来ないけれど、アーティストである僕たちはそれらを“クールじゃない”形で見せて、笑いに昇華することができる。

僕だってバイオレンスな映画は好きですよ。三池崇史や園子温作品の殺人シーンなんてかっこいいですよね。でも、映画のなかで殺人者がかっこよく描かれることが多いだけに、コメディとして描くことに意義があると思ったんです

カートを演じたのは、ドラマ「ストレンジャー・シングス」のスティーブ役で親しまれているジョー・キーリー。ジョーは人気俳優のオーラをかき消し、狂気にとらわれた単なる一般人である主人公をリアルに演じ切った。

「ジョーには、60分の参考映像を作って渡しました。インスタやYouTubeのフォロワー数が少ないアカウントの動画や、カートと似たような殺人者たちに関する情報をまとめて入れました。先のエリオット・ロジャーとか、同じくYouTubeに動画をアップしていて殺人事件を起こしたにも関わらず、有名になれなかったランディ・ステアという男の情報などなど……。

そういった人たちを突き動かしているものって、たぶん誰でも感じるような、“ネットで知られたい”、“有名になりたい”という心理とまったく同じなんだと思う。ジョーに演じてもらう上でも、そういう衝動がどうやって生まれるかを知ってもらいたかった」

ジョーの怪演はもちろんだが、本作の映像表現も大きな見どころのひとつ。ネットにアップされた動画、ドライブレコーダーの映像、スマホでの生配信映像などが掛け合わされ、カートの巻き起こす凄惨な事件をリアルタイムで目撃しているような緊張感を体験できるのだ。カートの暴走が“バズり”始めると、生配信の視聴者数とコメント量が急激に増加していく。ファウンド・フッテージ作品の進化系のような形態だ。

ホラー映画ジャンルでは、全編がパソコンの画面上で展開する『アンフレンデッド』(14)が話題を呼び、大ヒットを遂げた。実はコトリャレンコ監督は、『アンフレンデッド』よりかなり早い段階で、全編が画面上で展開する作品を作っていたクリエイターでもある。そんな彼にとって、『アンフレンデッド』の登場と成功は、作品作りに影響を与えたのだろうか。

「2005年――僕が19歳のころですが、映画に革命を起こさなければ!と思っていて、コンピューターのスクリーンを通した映画を作ろうというアイデアが浮かびました。当時はみんなが毎日当たり前のようにパソコンを使っていましたからね。そこで5年かけて『0s&1s』という作品を作り、2010年に完成させました。同じ年に、スクリーンキャプチャだけを使用した『SkyDiver』という作品を作っています。いわばデスクトップムービーという感じですね。その作品を一緒に作った友人たちが、『アンフレンデッド』にも参加しているんですよ。『アンフレンデッド』が成功したことは本当に良いことだと思います。ホラーというジャンル物にすることで成功した作品ですよね。

『スプリー』をいざ形にするとなったときに、もうみんなパソコンのスクリーンではなくスマホのスクリーンを見ている時代になった。そして、これは『アンフレンデッド』でも、僕の以前の作品でもそうですが、“なぜその映像が残っているのか”が描かれていません。『ブレアウィッチ・プロジェクト』や『パラノーマル・アクティビティ』のような優れたファウンド・フッテージ映画って、きちんとその理由付けが物語上に入っているんですよね。そこで、『スプリー』はライブストリーミングという形にしたんです。そうすれば、映像が残っていることに理屈が通る。ストリーミングという設定にしたことで、画面上に映るチャットやコメントの文章もすべて考えなければいけなかったんですが、それも楽しかったし、画面を組み合わせたスプリットスクリーンにして見せ方を考えるのも楽しかった。いつだって新しい映画言語を生み出したり、アップデートしたりするのはとても楽しい作業ですね

『スプリー』
4月23日(金)より公開中
https://synca.jp/spree/

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