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政府の職員から恐喝、言語の壁…… 傑作カルトサスペンス『ミュート・ウィットネス』誕生の経緯を監督が振り返る

2025.08.15 by

『ミュート・ウィットネス デジタルリマスター版』ポスタービジュアル

イーライ・ロスやエドガー・ライトといった“映画オタク”の監督たちに偏愛されるカルト作、1995年製作のサスペンス・スリラー『ミュート・ウィットネス』がデジタルリマスターされ、現在公開中だ。本作を手掛けたアンソニー・ウォラー監督のインタビューをご紹介する。

声を出せないハンディキャップを持つ、特殊メイクアーティストのビリー。言葉が分からないモスクワでホラー映画の仕事に取り組んでいた彼女は、撮影後にうっかりスタジオに閉じ込められてしまい、そこで密かに行われていたスナッフ(殺人)フィルムの撮影を目撃してしまう。撮影していた二人の男に執拗に追われるビリーだが、自身の障害のみならず言語の壁もあるこの地では、助けを求めることもままならない……。

ショッキングな殺人シーンが始まった瞬間から、息が詰まるほどの緊張感のなかに放り込まれる本作。ウォラー監督は“ホラー”よりも“サスペンス”というジャンルに可能性を感じており、自身もサスペンスの監督として認知されたかったという。

「ショッキングな残酷表現をそのまま見せるよりも“こんなことが起きてしまうのではないか”と想像させる方が映画はより怖くなるからね

「アルフレッド・ヒッチコックの『サイコ』(1960)ではシャワー室での残酷な殺人シーンが冒頭で1回映される。同様に『ミュート・ウィットネス』では血が飛び散るスナッフ殺人が1度描かれる。1度だけ見せておいて、それがまた起きるんじゃないか?と観客に思わせてサスペンスで引っ張る、それが私のメソッドだ」

目撃者の逃亡劇である本作をよりユニークにしているのは、現場が“撮影スタジオ”であることと、異国の地を舞台にしていることだ。ホラー映画の撮影も行われるスタジオでは大量の血糊や作り物の凶器もあり、部外者に“本当に殺人を見た”と信じてもらうのは難しい。さらにそこに言葉の壁が立ちはだかるのだ。

「脚本にとりかかった当初は廃工場を舞台にするつもりだった。しかし、あるとき雑誌でスナッフ・フィルムが南米で作られているという記事を読んで、その撮影が映画スタジオで行われたら、と思いついた。そして、もし誰かが目撃してしまったら……。それがアイデアの起点だった」

「当時、私はドイツに住んでいて、舞台もドイツの廃工場にするつもりだった。しかしより国際的な映画にしたいと思い、撮影場所をシカゴにしようと考えたんだ。だが、そこで撮影をするのは費用がかかりすぎた。当初の想定予算は100万ドルでね。すると映画業界の知人が“ソ連で撮影すれば、他の国の10分の1まで費用が抑えられる”と教えてくれた。

しかし結局200万ドルかかった。10分の1どころか倍になってしまったんだ! それでもモスクワで撮ることができてよかった。言語の壁やコミュニケーションの問題に直面することが多くてね。政府の職員から恐喝されたこともあった。機材を没収され、返却するには金を払えと言われたんだ。これらの経験を『ミュート・ウィットネス』における意思の疎通ができない恐怖に反映できた」

かつてはCMやミュージックビデオの仕事をしていたというウォラー監督は、本作で長編監督としてデビュー。そしてその才能を一気に開花させることとなった。

「業界内の多くが映画に携わりたがっていたのだけど、うまくいっていなかった。だから低予算で映画を作って、自分が映画監督として何ができるかを示そうと思ったんだ」

しかし、実際に製作をスタートしたのは公開の10年前。英国演劇界の重鎮アレック・ギネスを口説き落とし、そのカメオ出演シーンを撮影したのが始まりだった。

「アレック・ギネスの出演シーンを撮ったのは1985年だった。残りの部分は1993年に撮影、1994年に編集、そして1995年に初公開。10年越しのプロジェクトとなってしまった」

製作開始から40年、公開から30年の月日が経っている本作。目まぐるしく変わっていくシチュエーションのなかでスリルを加速させ続け、ユーモアも挟み込む。面白さがまったく古びていないのが驚きだ。

「この映画を若い時に観た観客が“最初に観たときより面白かった”と言ってくれることが多いんだ。当時のモスクワの空気感を映像に収めたので、一種の歴史映画みたいな受け取られ方をされているのかも。また、ディープフェイクやフェイクニュースといったものが氾濫している現代において、テーマ的に通じるものがある。そのため、いま観るとより楽しんでもらえるのかもしれない

日本での公開に向けた監督のメッセージ動画もどうぞ。

『ミュート・ウィットネス』
2025年8月15日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ他全国ロードショー


コラージュアーティストのQ-TA氏によるオルタナティブポスター