空気が澄んだ森のなか、心地よい鳥のさえずりと、殺人鬼の足音が聞こえる……。アンビエントな異色スラッシャー『バイオレント・ネイチャー』がいよいよ公開だ。
目を剥くような殺戮を殺人鬼の目線で描く本作。音楽はなく、自然環境音のみ。森の中をひたすら歩き、自分を目覚めさせてしまった若者たちを探す殺人鬼ジョニーの後ろ姿を淡々と追っていく。これまで特殊造形や短編作品を手掛けてきたクリス・ナッシュ監督は、本作で長編監督デビュー。『サイコ・ゴアマン』のスティーブン・コスタンスキが特殊造形に携わり、アイコニックな殺人シーンを手掛けている。森林浴と気合の入ったスラッシャーを同時に楽しめる、この不思議な作品はいかにして生まれたのか? 穏やかで謙虚なナイスガイ、ナッシュ監督にお話をうかがった。
――今回の映画、観ていて本当に心地よくて、永遠にでも観ていられるぐらいだなと思いました。この新しいスタイルのスラッシャー映画はどのようなところからスタートしたのでしょうか。
ナッシュ監督:まず僕は80年代ホラーを観て育った世代で、ビデオバブル時代を経験しているんですね。子供がレンタルビデオで何を借りようが親は気にしていなかったので、『13日の金曜日』も観ていましたし、特に『クリープショー2』には衝撃を受けました。そんなふうにホラーを観て育ち、映画学科に進学して、ビデオ店でアルバイトをしていたんです。店長がとてもシネフィルだったので、彼の影響でアートフィルムが好きになりました。ガス・ヴァン・サントの『GERRY ジェリー』『エレファント』『ラストデイズ』といった映画に触れて、このスタイルでホラー映画を撮ったらどうなるんだろう、と思った。その着地点がこの映画なんです。
――その結論として、殺人鬼の視点を追っていくスタイルになったのですか? スラッシャー映画の原点である『ハロウィン』も子供時代のマイケル・マイヤーズの視点で始まるので、原点回帰の意味もあるのかなと思いました。
ナッシュ監督:マイケル・マイヤーズのことは意識していなかったのですが、常にホラー映画を観まくっていますから、深層心理にあったとしてもおかしくはないですね。出発点はあくまで“ガス・ヴァン・サントのスタイルでホラー映画を撮る”ということ。曖昧なジャンルではなく、絶対的なスラッシャー映画を撮りたいと思いました。殺人鬼の視点で描くということを決める前に、犠牲者の視点など様々なアイデアを考えたのですが、いちばん効果的なのは、感情を表さない、喋らない、何の答えも与えない殺人鬼を追いかけていくことなんじゃないかと思ったのです。
――舞台の自然がものすごく美しくて、殺人鬼のジョニーともう一つの主役になっているような印象を受けます。この舞台を選んだ理由はなんだったんでしょうか。
ナッシュ監督:自然の美しさに注目していただけてとても嬉しいです。自分が育ったところの近くで撮影したので、この作品とパーソナルなつながりができたと思っています。実は、ほぼ全編撮り終わっていたものを一度ボツにして、全部撮り直すという異例のプロダクションだったんです。最初の撮影は今回の撮影地から8時間くらい離れたオンタリオの町で、撮影中から「なんか違うな」と思っていた。撮り直すときは、場所柄、友達もたくさんいて、彼らの助けを借りることができた。さらに自分のパーソナルなフィーリングも加わりました。舞台が変わったことで、結果的に自分が育った環境を世界の映画ファンと共有できるという素晴らしい形になったと思います。
「“この映画には観客がいないだろう”とみんなでジョークを言っていました」
――殺しのシーンはかなり強烈ですね。アート的な映画だと殺しのシーンを見せなかったりすると思うんですが、そこであえて血がブシャブシャ流れるようなものすごい殺し方を見せるというのは、監督が特殊造形をやられていた経験から来ているのでしょうか。
ナッシュ監督:そのとおりです。スラッシャー映画ではあるけれど、アートハウス映画のようなアプローチをする、そしてその中にハードでエクストリームな殺人シーンがあるというのは、自分にとってとても大切なポイントでした。現場では、「アートフィルムの観客はゴアシーンでこの映画を嫌いになり、ホラーファンはアートハウスのような撮影方法を嫌いになるだろう。だからこの映画には観客がいないだろう」というジョークをみんなで言っていたんです(笑)。その予想は嬉しい形で裏切られ、多くの観客に受け入れてもらえました。
――私自身、スラッシャー映画を観ているとき、派手な殺しのシーンが終わったあとに「次の殺しはまだかな」みたいな気持ちになってしまうことがあるんですが、この映画だとジョニーが歩いている後ろ姿を見ているだけでも満たされる、不思議な感覚がありました。
ナッシュ監督:ありがとうございます、すごく嬉しいです。自分もこの映画がどういう風に受け入れられるか、まったく予想できませんでした。よくスタッフに言っていたのは、「我々は実験映画を撮っているわけではないけれど、この映画そのものが実験になっている」ということ。こういう新しいスタイルのスラッシャー映画を撮ると実験だという風に言っていました。僕自身もジョニーの背中を見ていると心地良い気分になるので、そのフィーリングがシェアできて嬉しいです。
――特殊造形にはスティーブン・コスタンスキが関わっていますね。ナッシュ監督のフィルモグラフィーを調べていたら、コスタンスキ作品に多数参加されていることに気付いたんですが、彼との関係はどう始まったんでしょうか。
ナッシュ監督:スティーブンとは、トロントアフターダーク(カナダのホラー映画祭)のプログラミングディレクターに紹介されて友人関係が始まりました。彼の『ファーザーズ・デイ』という映画のプレミアの前座として僕の短編が上映されたり、ホラーオムニバス映画の『ABC・オブ・デス2』で僕も彼も1セグメントを監督したりして、そこからさらに仲良くなったんです。僕の特殊造形の経歴も、彼の『ザ・ヴォイド』に参加して始まった。彼が作品を作るならいつも手伝いたいですし、僕の作品には是非とも彼の力を貸してほしいと思っています。
殺人鬼ジョニーのデザイン――1作目だけど3作目、4作目のつもりで作る
――スラッシャー映画を手がけるとなったら、殺人鬼のデザインはどうしてもこだわりたいところだと思うんですが、ジョニーのマスクはかなりパンチがあって素晴らしいですね。
ナッシュ監督:デザインにこだわりたいのはもちろんなのですが、奇抜なことをしようとするのではなく、すでに世にある既製品をジョニーのものにできないかと考えていました。『13日の金曜日』のジェイソンのホッケーマスクと同じですね。あのおなじみのホッケーマスク姿は3作目にならないと登場しないわけですが、今回の『バイオレント・ネイチャー』もすでにシリーズがあって、その3作目、4作目にあたるような作品を、という形でアプローチしているんです。なのでジョニーの姿もすでに何回かの変化を遂げていて、今作で今の形に落ち着いた、という狙いがある。マスクも武器も、舞台となっている森の歴史につながるものを意識して選んでいます。マスクは森林火災の消防士たちが使っていたものですし、彼は武器として斧やフックを使いますが、実際にあのあたりで森林伐採で使われていたものなんです。
――でしたら是非ともシリーズ化したいところですね。続編を作られる予定はあるんでしょうか?
ナッシュ監督:まさしく、9月から撮影に入るんです。エキサイティングであると同時に、とても怖くもあります。続編がどう受け入れられるか、まったく未知ですからね。
――楽しみにしています、とっても!
『バイオレント・ネイチャー』
9月12日(金)、全国ロードショー