口コミで話題が広まり、タイ本国で異例の特大ヒットを記録したマルチバース・ラブ・ホラー『サッパルー!街を騒がす幽霊が元カノだった件』が現在公開中。タイの気鋭監督ティティ・シーヌアン監督が、本作のなりたちや撮影の裏側、自身の“幽霊観”について語った。
本作は2024年の第19回大阪アジアン映画祭で『葬儀屋』のタイトルでプレミア上映されている。その際、ティティ監督はキャストとともに登壇。「撮影中もずっと霊の存在と共にあった」と語っていた。
「僕はもともと幽霊が見える人なんです。亡くなった人の霊が見えるのが当たり前なので、自分ではお葬式に行きません。この映画は実際に遺体を土葬している土地で撮影していて、小道具にも本物の遺骨を使ったので、幽霊が見えるのは日常でした。幽霊がセットにふらふら入ってきて、撮影中のモニターに映ることもあるので、そのときはカットをかけていましたね」
「本物の遺骨を使ったのは、小道具の遺骨がなんだかリアルじゃなかったから。撮影現場の近くに、誰の持ち物でもない捨てられた遺骨があったので、それを少しだけ持ってきました。役者たちに“本物の遺骨だよ”と伝えたところ、とてもリアルな感情で演じてくれたんです(笑)」
ストーリーは、霊の存在が当たり前に信じられているイサーン地方を舞台に、亡霊となった元カノに会うために主人公が奮闘するというもの。街の葬儀屋を継ぐ代わりに幽体離脱を伝授してもらい、死者の世界へ向かうのだ。
舞台となったイサーンはティティ監督やスタッフたちの故郷でもある。監督は、他のタイ映画との違いを「作り手たちがみんなイサーン出身であること。そして、僕が所属する小さな制作会社(タイバーン・スタジオ・プロダクション)が懸命に映画を作り、メインストリームに打って出ようとしているところ」と説明する。「ほとんど全編イサーン語のセリフで展開し、イサーン特有の生活や信仰、儀式、迷信を描いたこと」が、本作の“イサーンらしさ”になっているという。
企画は“タイバーン・スタジオ・プロダクション初のホラー映画を作る”というアイデアから始まった。ただのホラー映画ではなく、これまでタイ映画でほとんど描かれてこなかったサッパルー(葬儀屋)を題材にすることにした。
「サッパルーは葬儀を取り仕切り、遺体を整える役目の職業です。魂に最も近い人だと認識されていますが、その実態や仕事ぶりは取り上げられてこなかった。ただの葬儀屋ではなく、火葬を控えた遺族の気持ちを癒す役割があるはずだと思い、サッパルーを通して死や喪失について描くことにしました」
「僕は子どもの頃からイサーンで数々の儀式を見て、さまざまな疑問を抱いてきました。なぜ古い世代の人々は信仰や儀式を大切にしているのか、それは何のためなのか――映画を撮ろうとしたときにそうした疑問を思い出しました。自分なりの答えが出たものもあれば、そうではないものもあります。だからこそ、イサーンの文化を描くことで、今の若い世代にも疑問を持ってほしかったのです。決して文化を否定する意味ではなく、現実に存在するものとして理解しようとしてほしい。同時に、失われつつある文化を愛おしく思い、悲しむ気持ちもあります」
幽体離脱に関する描写は、監督自身の経験をふまえ、予算がないながらの工夫が施されている。
「僕は過去に水で溺れたことがあるんですが、死にかけているなかで、いろんな光景の走馬灯を見ました。父や母の姿、これまでに出会った人たちとの関係が見えたんです。そのとき、水中で息ができなくなることは意識を集中することでもあるのだと思いました。この経験から、主人公は水に溺れて意識を集中することで、行きたい場所に幽体離脱できるという設定を作りました」
「幽体離脱後の幻想的な世界は、最初はマーベル映画『ドクター・ストレンジ』(16)をイメージしていたんです。けれど、とても予算が足りないし、あんなデザインはできない。絶対に同じようなシーンにはならないだろうと思いました(笑)。そこで、自分らしいSFらしさを作るために演劇の発想を活かしました。僕は大学で舞台を専攻していたので、低予算かつシンプルな演出でも、さまざまな解釈ができる豊かさを作り出せることはわかっていたんです」
タイ本国では小規模公開から口コミで話題が広まり、全国へと拡大。異例の興行収入30億円を記録した。この大ヒットを受けて、続編も公開予定だ。
「続編は死後の世界を舞台に、“死んだ人たちはどこに行くのか?”を描きます。主な登場人物はほとんど同じですが、新たに2人のキャラクターが加わり、SF色もさらに濃くなって、よりパワーアップした作品になります。2025年8月末にクランクアップしたばかりで、タイでは2026年12月に劇場公開される予定です」
幽霊と共存するティティ監督は、自身の幽霊観をこう語る。
「幽霊とは“別の生きもの”だと思います。人間には人間の世界があるように、蟻には蟻の、魚には魚の、鳥には鳥の世界があり、それぞれが違うものを見ながら生きています。幽霊にも同じように幽霊の世界があり、彼らにも魂があって、いろんなことをしているのでしょう。たまたま人間には見えない存在だというだけで。」
「僕には疑問があるんです。幽霊を恐れている人って、本当に幽霊を怖いと思っているのかな?って。一人でいたり、静かな場所や暗いところにいたりするから、“怖い”という感情が生まれるだけなんじゃないか――そんな感覚をベースに、僕は幽霊への恐怖を描いているところがあります。僕自身は幽霊やお化けに対する恐怖心はありませんが、自分の気持ちを欺くことは怖い。それは真実をねじ曲げることだから」
『サッパルー!街を騒がす幽霊が元カノだった件』
9月26日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開