取材会場に入ってきた二人は、エネルギーの塊が飛び込んできたのかと思うほどパワフルなオーラを発していた。オーストラリア出身で人気YouTuberという経歴を持つ双子の監督、ダニー&マイケル・フィリッポウだ。長編映画を作りたいという夢を長年抱いていた彼らは、霊を自分に憑依させる危険な遊び=“憑依チャレンジ”にのめり込む若者を描いたホラー映画『TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー』でその夢を叶えた。
彼らがYouTubeチャンネル「RackaRacka」にアップしていた動画は、人気キャラクターのパロディやエクストリームなスプラッターなど、ネット受けする過激でユーモラスなものが多い。しかし映画はまったく別のテイストだ。大きなテーマとなるのが、様々なツールで“つながっている”ように見えて孤立している若者の心の問題である。
“憑依チャレンジ”は、クラシックなホラー要素である降霊会を、ショート動画の危険なチャレンジ企画のように限りなく“今”っぽくアップデートしたものだ。呪物の手を握って霊を呼び出し、自分に憑依させ、90秒以内に手を離す。生の感覚が曖昧になる憑依体験にドラッグのような逃避的快感を覚えた若者たちは、仲間がスマホで撮影しながら囃し立てる“場の盛り上がり”も手伝って、それに夢中になってしまう。しかし、解決すべき心の問題を抱えた主人公のミアがそれにのめり込むとき、恐るべき事態が起こる――。
脚本も手掛けたダニーは周囲の若者たちを観察したことから本作を着想し、自身の個人的な恐怖を反映させながら物語を練り上げていったという。
監督渾身の本作は、良質な映画で人気を博すスタジオ「A24」で配給されると、アリ・アスター監督の『ヘレディタリー 継承』を超えて「A24」ホラー史上最大のヒット作になった。そしてスティーブン・スピルバーグやサム・ライミ、ジョーダン・ピール、アリ・アスターといった名だたる監督たち、そしてホラー小説の帝王スティーブン・キングにも絶賛されることになる。
とにかく元気で仲の良い二人。左がマイケル、右が脚本も兼任したダニー
来日した彼らには取材が殺到。さすがにお疲れだろうと思いきや、会場に現れた二人は自分たちからがっしりと握手をしてくれ、記者の着ていた『悪魔の毒々モンスター』Tシャツを見て盛り上がり始める。マイケルはTシャツの英文をイキイキと読み上げ、ダニーは「公開前の『悪魔の毒々モンスター』のリメイク版、この間観せてもらったよ!」と気さくに話してくれた。ちなみにリメイク版の感想は「守秘義務の書類にサインしちゃったから言えない!」とのことであったが、その時のこぼれ落ちそうな笑顔はほぼ感想を言ってしまっているようなものだった。
そんなチャーミングな彼らに、映画監督を夢見るようになったルーツや、YouTube動画と映画の作風の違いなどについて伺った。すると、息をするように映画と映画作りを愛してきた二人の側面が見えてきた。
ダニー&マイケル・フィリッポウ監督インタビュー
――YouTuberとして長年活動されていますが、元々は映画監督になりたかったそうですね。この夢はどうして生まれたのでしょうか?
ダニー:これというきっかけがあったわけじゃないし、なぜかはよく分からないんだけど、とにかく小さい頃から映画が作りたいと思っていて。6歳くらいから映画のポスターみたいなものを描いたりしてたんだよね。
マイケル:いつも父親のカメラを使いたがってた。たとえばおばさんの家とか、行きたくないところに行かされるときにとりあえずカメラを持っていく。何を撮るでもなくただ撮影してるだけで幸せだったから、行きたくなくてもカメラがあるからいいや、って感じだった。
――映画監督になりたいと思うからには、当時からよく映画を観ていたわけですね?
ダニー:色々観てたしホラーもよく観てたよ! 母親がすごく厳しくて普段は「ホラーを観ちゃいけない」と言われてたから、余計にスリルがあったんだよね。あと父親の職場の友達で、大人向けの映画に連れてってくれる人がいたり、それからおじいちゃんをだましてR指定の映画のチケットを買わせたり(笑)。
マイケル:おじいちゃんは英語ができなくてレーティングシステムとか分かんなかったからね! そうやって色んな映画を観てたんだけど、僕たちがYouTubeで作っていたような作品とはまったく違う、外国のドラマ作品みたいなのもすごく好きだったよ。
ダニー:現実逃避というか、映画の世界に逃げ込んで楽しんでいるような感じ。そういうマジカルなものがあると思う。
――親にホラー映画を禁止されていたなかで、小さい頃にこそっと観てたのはどんな映画ですか?
ダニー:『エルム街の悪夢』とか『チャイルド・プレイ』とか! 子供が観てもいいようなものだけどね。
マイケル:当時ダニーは人が切り刻まれる絵をよく描いてたからみんな心配してたんだよ(笑)。小さい時からそういう暴力シーンに興味があったんだよね。
――YouTubeではハイテンションなスプラッター動画を撮られたりしていますよね。大笑いしました。
マイケル:わははは! (ここから超早口でスプラッター演出の種明かし)たとえば人形を水に浸して、そこにトマトソース入りの水をかけてそれをモノクロで撮ると血に見えたり、あとは食物用の染料を血糊の代わりにしたり、スイカを割って頭が割れているように見せたり、ドッグフードにトマトソースをかけてはらわたみたいに見せたり。あとトマトジュース入りの風船を作ってそれを壁にぶつけると血しぶきに見えたりするんだよね!
――そういうアイデアはどうやって生まれるんですか? ピーター・ジャクソンのようなスプラッターの先人たちのメイキングを観たり?
ダニー:アイデアはオリジナルだよ! ずーっと映画のことを考えてるからどんどんアイデアが出てくるんだよ。ピーター・ジャクソンのメイキングを観たのは『ロード・オブ・ザ・リング』が初めてだしね(笑)。
マイケル:僕たちの母親は「あれは観ちゃいけない」「これは観ちゃいけない」と結構口うるさいんだけど、許してくれた映画もあって、『ロード・オブ・ザ・リング』はその中に入ってたね。母親はあまり映画を観ないんだけど、『ロード・オブ・ザ・リング』は観に行ってたし。そんなピーター・ジャクソンはこの『TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー』をすごく気に入ってくれて、個人的にこの映画のどこが好きかを書いた手紙をくれたりしたんだよ。今度実際に会えるからすごく楽しみにしてる!
――動画制作で培ったものが映画に活かされている部分も感じますが、YouTubeの動画と今回の映画ではテイストが全然違いますね。この違いはどこから来ているんでしょうか。
マイケル:YouTubeと映画では見てくれる人がぜんぜん違っていて。YouTubeでは“YouTubeを見る層”を想定して動画を作るから、自分たちの個人的な興味や表現をじっくり試す場ではないんだよね。でもそういうことをずっとやりたかったから、長編映画を作ることになってすごくワクワクしたよ。
――YouTubeでやってる事というのは単に技術的な実験であって、自分たちの好きなテイストとはまた違う、と。
ダニー&マイケル:そうそう!
マイケル:体を使うアクションとかゴアシーンというのは撮ってて楽しいものではあるんだけどね。でもはっきり言って成熟したフィルム作りをしているわけではなくって。ただやっていて楽しいし、観ている人もそれで楽しんでくれてるからYouTubeの活動を続けてた感じかな。
――初めて作るホラー映画において目標としたこと、あるいは“こういう風にはしない”というようなイメージはありましたか?
ダニー:YouTubeでの作品よりも何層にも重なっているもの、自分たちをよりパーソナルに表現しているものを目指したよ。僕たちが避けたかったのは、“単なるスプラッター”。キャラクターに基づいた怖さを表現したかった。
マイケル:あと自分たちにも「できるんだ」ということを証明したい気持ちもあったね。「YouTuberには映画なんか作れないだろう」「長編なんて無理だろう」と言われていたから、そうじゃないってことを証明したかった。あとは自分たちがリスペクトしている映画のレベルのものを作りたい、という気持ちもあった。ストーリーやキャラクターがしっかりしていて、意味が何層にもあるんだ。それを自分たちが達成できたのか分からないけど、目指していたのはそういう領域だね。
――リスペクトしている映画はどんなものでしょうか。
ダニー:ポン・ジュノの『殺人の追憶』。それに『エクソシスト』、すごくよくできていて色んなホラーの原型になっているものだよね。あと『ぼくのエリ 200歳の少女』はすごくキャラクターが強いし、ロシア映画の『父、帰る』。あとは『ザ・バニシング 消失』、これは僕たちの『TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー』のように主人公が間違った選択をしていくという悲劇だね。
マイケル:それから『偽りなき者』も。これはすごく緊張感のある映画だった。
ダニー:最近のオーストラリアの映画で『ニトラム/NITRAM』っていうのもよかった。無差別殺人犯がそこに至るまでを描いてる。
――今回の映画だと“憑依チャレンジ”のアイデアが素晴らしいんですが、それがさらに主人公の抱える心の問題と複雑に絡み合って悲劇を招くところが見事ですよね。
ダニー:僕たちはホラーとドラマの両方が欲しかったんだよね。だから憑依がホラーを表していて、ドラマはミアの心の状態から生まれる。
マイケル:ドラマの部分が強いとホラーの部分をより怖く感じてもらえる。なので観客が、主人公のやっていることに同意はしないんだけどなんとなく気持ちは理解できる、最終的には願わくば共感してもらえるといいなと思っていた。キャラクターに共感できればできるほどホラーは怖くなるので、そこを狙いたかった。
――本作において“黄色”が“死”を象徴しているという資料があったんですが、黄色=“死の色”という文化的なものが何かあるのでしょうか?
ダニー:あれはメタファーなんだ。散りばめたメタファーを全部種明かしすることはしないけどね! 黄色で言うと、例えば(憑依チャレンジに使う)ロウソクの火がチラチラするときも黄色で、それが消えると霊魂も去っていくんだよね。
マイケル:自分たちなりに、色や音などでストーリーを飾っていった。それが映画を作る上でのすごく面白いところだと思う。コスチュームだったり、色のパレットだったり、色んな音を使ってストーリーを語っていく。色んなレイヤーに意味を持たせているから、観るたびに違ったものを感じてもらえると思うよ。
――アリ・アスターにインタビューしたことがあるんですが、お二人の映画制作におけるこだわりや自身の経験を物語に反映させる点など、似ている部分がある気がしています。彼の映画制作にシンパシーを感じますか?
ダニー&マイケル:もちろん!
ダニー:スティーブン・キングやタランティーノも個人的な経験から物語を作ると言っていたから、そういう制作者は多いんだと思う。
マイケル:アリ・アスターはサンダンスでのプレミアに来てくれてさ。観終わったあと僕たちの方にツカツカ歩いてきたから、「やばい! 僕らの映画がひどいと思ってるんだ! 謝らなきゃ……!」と思ってたんだけど、完全に逆だった(笑)。「ここ何年かで最高のホラー映画だよ」と言ってくれて、それ以来連絡を取り合ってストーリーのアイデアを交換したりして、仲良くさせてもらってるよ!
『TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー』
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