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「静かに、さりげなく恐ろしいことが起きている」 『イノセンツ』エスキル・フォクト監督が語るホラーのこだわり

2023.07.27 by

この記事は1年以上前に掲載されたものです。

『イノセンツ』ポスター、エスキル・フォクト監督

夏休みの子供たち。大人の目の届かないところで遊んでいた彼らが、密かにサイキック・パワーに目覚めていたら……? ノルウェーの団地を舞台に、テレキネシスやテレパシーの能力を手にした子供たちの緊張感溢れる日常を生々しく切り取るスリラー『イノセンツ』。本作が7月28日よりいよいよ公開される。

脚本・監督を務めたのは、ヨアキム・トリアー監督作の『テルマ』や『わたしは最悪。』などで共同脚本を手掛けてきたエスキル・フォクト。彼がインタビューに応じ、『テルマ』とのアイデアのつながり、静かなサイキック・バトルシーンが生まれた理由、ホラー映画ファンだというフォクト監督のホラーのこだわりなどについて語ってくれた。

エスキル・フォクト監督 インタビュー

『イノセンツ』エスキル・フォクト監督と主演キャスト4人エスキル・フォクト監督と主演の4人。めちゃくちゃキマってる! © Christian Breidlid

――『テルマ』に通じる題材を持った作品ですが、ヨアキム・トリアーとともに『テルマ』を作ったことは本作のビジョンに影響を与えているのでしょうか。

エスキル・フォクト監督:もちろん。ヨアキムと一緒に作品に取り掛かる際は、何もない白紙の状態から作り始めるんです。『テルマ』の時は、僕たちが好きな映画の題材でこれまでにやっていなかった、ホラーや超能力にまつわる面白いストーリーが作れないかと考えていた。それで、子供の頃に好きだったホラー作品を観返したり、読み返したりしたんです。スティーヴン・キングの小説なんかもね。実は、今回の『イノセンツ』がアメリカで公開された時、スティーヴン・キング本人が観に来て作品を気に入ってくれたのは本当に嬉しかったです。

そして、今作に大きな影響を与えている大友克洋の『童夢』も昔から大好きな作品で、それも読み返した後、「超能力を持った子供たちの映画を撮るのはどう?」とヨアキムに提案したんです。遊び場で一緒に遊んでいると、不思議な力を発揮することができるんだけど、団地の家に帰ると力がなくなっている。ただの想像の出来事かと思ったら、そうではなくて、不思議な力は実際に起きていた。なぜなら子供同士が遊ぶと、不思議なことがいろいろ起きるものだから……というね。でもヨアキムには全く引っ掛からなかった(笑)。

何千もあったアイデアの中のボツ案の一つに過ぎなかったんですが、ただこのアイデアだけは『テルマ』の脚本を書いた後もずっと脳裏にあった。それで今作の脚本を書き始めたんです。つまり『テルマ』と『イノセンツ』は同じブレストの中から生まれたわけだから、2作に繋がりを感じるのも当然でしょうね。

『イノセンツ』場面写真

――本作では、純粋であるがゆえに残酷にもなれる子供たちの姿が興味深い形で描かれています。監督ご自身はこういった純粋性に畏怖を感じますか。それとも何か別の印象を持ちますか。

フォクト監督:その辺はいろいろ考えさせられました。息子ができて、父親になったというのもあるけれど、兎角我々は「子供は純粋で天使にもなれるし、テロリストにもなれる」と決めつける傾向がある。けれど実際、子供たちというのは発達過程にいるというだけで、ひとりの人間であることに変わりないんです。だから、彼らの中にも全ての感情が蠢いている。まさにカオスです。僕が「子供は凄いな」と思うところがまさにその部分。彼らはこれ以上ないくらい感情移入し、純粋に周りの世界に感動して、揺れ動く葉っぱをいつまでも眺めていたかと思うと、次の瞬間には思い切り自己中の人格破綻者にだってなってしまう。同じ人間なのに瞬時に変貌するんです。だから見ていて飽きない。

僕たち大人はそういう気持ちを持っていても、表に出さず抑えてしまう。蓋をする術が身についているから。でも、内に秘めるカオスはみんな持っていて、それを自分なりにコントロールして社会性を保っている。でも子供には僕たちが失った純粋性や柔軟性がある。だから僕たちが普段表に出さないようにしているワガママな感情も隠さないし、容赦なく自己中にもなれるんです。

『イノセンツ』場面写真

――大人が気付かないほど静かに繰り広げられる子供たちの戦いが印象的ですが、これはリアリティを突き詰めたが故に生まれたものなのでしょうか?

フォクト監督:さっき話した、「子供同士で遊んでいる時は不思議な力が発揮できるのに、家に帰るとなくなっている」というアイデアは比較的早い段階からありました。だから物語も、大人が見ていないところでどんどん進んでいくものにしようと思いました。

そしてその子供たちが大人になって振り返った時には、「子供の頃に不思議な体験をしたのは、現実に目を向けたくなかったからだろう」と冷静に分析できる。誰もがそういう経験をしたと思うんです。子供の頃に信じていたものを、大人になってから知識で理屈をつけて自分を納得させる。だから、映画の中で描く超常現象も大袈裟なものにはしたくなかったんです。映画の中で実際に起きていることを、理屈で説明できる範疇のものにすることが大事だった。観ている方としては、ドキドキする・恐ろしいものなんだけど、静かに、さりげなく起きている。

ホラーという観点から言っても、同じ暴力的なシーンでも、スプラッターになると何も感じなくなりますね。例えば、誰かが顔をショットガンで撃たれたとしても、自分はそんな経験をしたことがないから共感ができない。単なるショッキングな映像で終わってしまう。でも、誰かが指先を思い切り金槌で打ちつけられたら、全身でその痛みを感じるでしょう。僕にとっては、そういう瞬間こそがホラーを象徴している。スリラーの“知性に訴える”範疇を超えて、怖さを“身体で感じる”ホラー映画ならではだと思うんです。そういう部分も今作では大切にしました。暴力的な残酷描写も、その痛みが想像できる、共感できるものでなきゃいけない。そしてそれを静かに抑えて描写することで、より恐ろしさが増すんです。よりリアルだしね。エフェクトも同じ。

それから子供の描写も、肉体に訴えるものにこだわった。たとえば、かさぶたを引っ掻いて剥くとか、みんなが「自分も子供の頃によくやった」と思い出すでしょう? それによって、より映画の世界に入り込むことができるんです。

――大のホラー映画ファンだそうですね。ホラージャンルへの思い入れや、好きな作品や監督について教えていただけますか。

フォクト監督:若い頃からホラー映画は大好きなんです。何が好きかって、非常に表現の幅の広いジャンルだというところ。新しいことが色々できる。最近では、ロバート・エガース監督(『ウィッチ』『ライトハウス』)やアリ・アスター監督(『ヘレディタリー 継承』『ミッドサマー』)がジャンルの可能性を広げていて素晴らしいと思う。

日本で注目されているかは分からないけど、アメリカやヨーロッパではElevated Genre(Elevated horror)といって、少しアート寄りにすることで大衆受けする、という考えがあります。でも個人的にはあまり好きじゃなくて、ホラーはホラーであってほしいんです。映画の歴史においても重要なジャンルだと思う。好きなのはミリアス、フランジュ、キューブリック、カーペンター、アルジェント。観ていて一番楽しいホラー映画を一本選べと言われたら、ダリオ・アルジェントの『サスペリア』を選ぶでしょうね。それ以外にも好きな作品はたくさんあります。

ただ、今作に関してはホラー映画からの影響はあまりないんです。クローネンバーグ監督がテレパシーをどう描写しているか知りたくて、彼の初期の作品も見返したけれど結局参考にはしなかった。今作に一番影響を与えたのは、大友克洋の漫画「童夢」になりますね。もし映画化されていたら素晴らしい映画になっていたでしょう。特に80年代に誰かが作っていたら、画期的な作品になっていたと思う。その後のホラー、超能力、ヒーローものの作品における表現を先取っていた。他にも、今敏監督の『パプリカ』も今作を作るにあたって観返しましたよ。

『イノセンツ』場面写真

――主演の4人は驚異的でした。あの自然な演技はどのようにして引き出されたのですか。

フォクト監督:キャスティングには1年以上かけたんだけど、性別・人種を問わず、できるだけ多くの子供たちに会って、誰よりも演技ができる子を優先してキャスティングしました。

彼らは、自分たちの役柄をきちんと理解していたんです。だから僕たちも、大人の役者と仕事をする時と同じような指示を出すことを心がけていました。子役から自然なリアクションを引き出すために、子供だからと言って事前に何も伝えずにシーンを演じさせる人たちがいるけど、それは子供たちにとって安全な環境とは言えませんね。何も言わずいきなり彼らをセットに立たせて、「ワッ!!」と言って驚かせてたらどうなる? トラウマになりますよね。翌日彼らはどんな気持ちでセットに来るでしょうか。決していい仕事環境とは言えません。

彼らに自然な演技をさせるために僕が一番大事にしたのは、シーンで表現しなければいけない感情を、彼らからうまく引き出してあげることでした。準備段階で、例えば一週間“幸せ”という感情の表し方を練習して、次の週は“恐怖”を表す練習をする。で、実際撮影が始まると、ホラー映画なので当然怖がるシーンが多いわけで。じゃあ、怖いときはどうなるか。呼吸が速くなるんです。だから、シーンの撮影の前に、速く呼吸をして準備してもらう。そうすることで身体が自然と反応して、“怖い”という心理状態にすんなり入り込むことができるんです。

彼らが正しい感情表現をできているのであれば、多少セリフを間違えたりしても問題ではなかった。役柄の気持ちに入り込むことが何より大事であって、ハリウッドで活躍するような、長台詞を完璧に記憶するロボットみたいなプロの子役のように、上っ面だけで演じられるよりよほどいい。そうやって彼らから自然な演技を引き出していたんです。

――主演の子供たちはレイティングの関係でまだ映画の全編を観られないようですが、彼らが大きくなって作品を観たときにどんな反応をしてくれたら嬉しいでしょうか。

フォクト監督:実は4人のうち、歳が上の2人は既に観ているんです。一人の少女は、親から許可が下りて、親同伴で観ることができた。ところどころ親に目隠しをしてもらいながらだけどね。もう一人の少年のほうは、母親が観た試写のリンクをメールでみつけて、一人で観たらしい(笑)。親もさぞかし困ったでしょうね!

撮影中は、セットで彼らが怖がったり不安になることなく撮影に臨めるということを何よりも大事にしていました。でも、現場で目にするものと実際の完成した作品を観ることは全然違うからね。効果音や音楽が入っていて、自分以外のシーンも入っている。だから僕たちとしては、何歳になったら完成した映画を見せるかは、親の判断に任せました。既に観た2人は、すごく良かったと言ってくれましたよ。

実は4人ともカンヌ映画祭のプレミア上映会で、最初の20分だけは劇場で観ているんです。20分経ったところで、劇場内から引きずり出さないといけなかった(笑)。親はまだ中にいて映画を最後まで観ているから、ロビーで待っていた彼らの見張り役が本当に手を焼いたらしい。スキあらば劇場の中に戻ろうとしたり、小さな窓から中を覗こうとしたりして。みんな凄く観たがっていましたよ!

4人とも本当に素晴らしく演じてくれました。いつか観ることがあったら、撮影の時のことを覚えてくれていたらいいなと思います。子供は毎日たくさんのことを吸収しているから、すぐに忘れてしまう。撮影後にアフレコ作業をやってもらった時、アイシャを演じた最年少の彼女は撮影時7歳だったんだけど、アフレコの時は8歳になっていて、既に覚えていないことがたくさんあった。あのくらいの年齢だと、指の間から砂がこぼれ落ちるように忘れていくんでしょうね。だから、この映画が彼らの子供時代のほんの一瞬を切り取っていて、彼らが大人になった時に、誇りと、楽しい思い出と共に観てくれたら嬉しいですね。

『イノセンツ』
7月28日(金)新宿ピカデリー他全国公開

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