
「この物語でいちばん恐ろしいのは、ヒロインのように主体性を奪われることでしょうね」
不思議な力で願いが叶い、好きな人と両思いに。そんな夢物語に潜むおぞましさと暴力性を炙り出すホラー映画『オブセッション 災愛』が公開中だ。
1999年生まれの新鋭監督カリー・バーカーが低予算で手掛けた本作は、世界興収4億ドルを突破する社会現象級のヒットを記録中。驚くべきことに、“今世紀、世界で最も稼いだオリジナルホラー映画”へと躍り出ている(Box Office Mojo 調べ)。
意中の相手に告白する勇気が出ず、おまじないのおもちゃ“ワン・ウィッシュ・ウィロー”に願いをかけた内気な青年・ベア。「大好きなニッキーが誰よりも僕を愛してくれますように」――叶うはずもない願いだったが、その瞬間から彼女の態度が豹変し、二人は晴れて恋人同士に。めでたしめでたし……で終わるはずもなく、ベアはニッキーの“狂気的なまでの愛”に翻弄されることとなる。一方、ニッキーの意識の奥底には、肉体の主導権を失った“本当のニッキー”が追いやられていた……。
あらすじからは想像だにしないほどの恐怖と、それを一切損なうことのない笑いが共存している本作。20代の若さで驚くべき手腕を見せつけ、ホラー映画ファンの新たな“お気に入り”となりそうなバーカー監督にお話を伺った。

――恐怖と笑いがお互いを打ち消し合うことなく両立しているのがとても面白いポイントでした。その二つを両立させる上でどんなことを意識していたのでしょうか。
カリー・バーカー監督:映画作りにおける黄金のルールとして、コメディの要素は決してその映画の緊迫感や危険性を損なうものであってはならないと思うんですね。ジョークが物語を前進させることよりも“笑わせよう”という意図によるものだと感じられた瞬間、ホラーの効果が損なわれてしまう。笑いを入れたいのであれば、それが物語を前進させるものであるか、少なくとも登場人物に誠実であるようにしなければならないわけです。
ただ面白いことに、この映画の脚本を書いているとき、決して観客を笑わせようとしていたわけではなかったんですよ。もちろん一部のシーンは笑いを誘うだろうなと思っていましたが、大部分ではただひたすら誠実であることを追求していたんです。寝室で、ベアがニッキーに大声で引き止められてベッドに戻るシーンは必ず笑いが起きるんですが、実はあのシーンで笑ってもらえるとは思っていませんでした。ベアはただ怖がっていて、なすすべなく彼女の言うことを聞いただけだったんです(笑)。
――人間の執着や愛の暴走を題材にしていますが、そこに着目したのはなぜだったのでしょうか。
バーカー監督:アイデアを練るときは、自分自身がワクワクするようなものを探しているんです。そうすると、単なる怖いモンスターを描くようなものよりも、少し深いテーマや心理的な要素がほしくなる。登場人物たちが歩むべき旅路のようなものがなければ、作る気にならないんです。それは僕のすべての作品に共通していることだと思います。
僕に大きなインスピレーションを与えてくれる存在としてアリ・アスター(『ヘレディタリー 継承』『ミッドサマー』)がいます。彼はホラーをドラマやリアルな物語の形に落とし込む手腕が素晴らしいですよね。

――願いによって変わったニッキーの異物感、人間でないような感じの演出のインスピレーションになったものはありますか? 特に暗い寝室で壁のところで泣いているシーンは、黒沢清監督の『回路』を思い出させる恐ろしさがありました。
バーカー監督:『回路』があのシーンに影響を与えていないと言ったら嘘になります。間違いなくインスピレーションのひとつですね。ただ単に模倣するのではなく、あの不気味さの感覚を捉えたいと思ったんです。脅威となるものが怪物の顔をして襲いかかってくるというのではなく、その動きや、次に何をするか分からないという不穏さの方が、はるかに効果的で恐ろしく感じられる。『回路』の雰囲気に少しでも近づけたら、それだけで幸運だと思えますね。
逆再生を使ったシーンでも『回路』を意識していて、あの独特の動きや奇妙な雰囲気を作り出そうとしていました。監督としてああいう表現に挑むのは本当に怖いことなんです。うまくいくかどうかの賭けのようなものだし、撮影現場ではそれがうまく機能するのか確信が持てない。かなりハラハラさせられる作業でした。僕が意図した通りに、観客がそれを不気味だと感じてくれたらとても嬉しいですね。
――願いによってニッキーが完全に変わってしまうのではなく、時々元の意識が現れるという要素はとても恐ろしいものです。他者を変えることの残酷さを描くために重要な要素だったのでしょうか。
バーカー監督:ええ、本当のニッキーがまだその体の中にいて、ただ流れに身を任せているような感覚を出したかったんです。彼女は、起こっていることに対して一切の発言権がありません。それがこの物語をより不気味なものにしているんです。ふと意識が戻って、自分の体を取り戻し、彼女が自分の体をコントロールできるようになる瞬間というのは必ず盛り込みたい要素でした。彼女は主導権を取り戻すたびに、自傷行為をしようとするんですが、それは彼女が置かれている状況から抜け出そうとしているだけなんです。
これって、これまであまり掘り下げられたことのないテーマだと思うんです。誰かが「愛する人に愛されたい」と願う映画はこれまでにもあるけれど、その側面が掘り下げられた作品はあまりなかった。ですから、そういった要素を敢えて描くことが重要なポイントでした。

――この物語には色んな怖さがあると思うんですが、バーカー監督にとって一番恐ろしいのはどういった部分でしたか?
バーカー監督:これは最初から意図していたことではなかったんだけど、一番怖いのはニッキーのように主体性を奪われることでしょうね。後になって気付いたことでしたが、“閉じ込められて自分の意志で動けなくなる”という状況が何よりも恐ろしいと思う。
ベアが仕事に出かけるシーンがありますよね。車で15分ほどかけて職場へ行き、8時間働いて、また車で戻ってくる。その間、彼女は9時間ものあいだ、ただそこに立ち尽くして待っていたわけです。いつ戻ってくるかも分からず、もしかしたら二度と帰ってこないかもしれない……。まるで飼い主の帰りをただ待ち続ける犬のような状態です。僕の意見では、この映画の中で一番怖いのはそこだと思います。
――観客として、あるいは作り手として、ホラージャンルの魅力をとどんなところに感じていますか?
バーカー監督:安全な環境で“怖い”と感じるあの感覚が好きなんです。優れたホラー映画はアドレナリンが湧き上がるような興奮を味わわせてくれるけど、実際には安全で、自分を傷つけるものは何もないわけです。このスリリングな体験は、他のジャンルではなかなか味わえません。
作り手としては、ホラーというジャンルの懐の深さもすごく好きですね。本当に、やれることが無限にあるんです。登場人物が遊園地で働いていてジェットコースターが故障する話でもいいし、あるいは手品師が魔法の帽子を見つける話でもいい。何だってあり得るし、可能性はどこまでも広がっています。

――ニッキー役のインディ・ナヴァレッテ、ベア役のマイケル・ジョンストンについて、監督から見た二人の魅力はどんなところにありますか?
バーカー監督:インディがニッキーという役柄にどんなものをもたらしてくれるのか、まったく想像できていなかったんですよ。彼女はとても内気で控えめな人です。僕がニッキー役に求めていることについてたくさん話し合ったけれど、それがどう表現されるかは見当もつかなかった。なので、彼女がカメラの前で初めてブチギレる演技を見せてくれたとき、「ああ、よかった! 神様ありがとう!」と思いました(笑)。本当にホッとしましたよ。
そしてベアというキャラクターについては、観客が彼をできるだけ純粋な人間だと思い、共感できることが重要だったのですが、マイケルは見事にそれを実現してくれました。ぎこちなさを表現する演技がリアルで素晴らしかったおかげで、ベアがニッキーに自分の気持ちを打ち明ける勇気を持てずにいる、という状況に説得力が生まれた。その後の展開で彼が“実はあまり良い人間ではない”と明らかになるとき、それが非常に重要な意味を持つんです。

メイキング:左からニッキー役インディ・ナヴァレッテ、カリー・バーカー監督、ベア役マイケル・ジョンストン
『オブセッション 災愛』
公開中
© 2026 Focus Features LLC.














