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【対談】黒沢清監督×『遺愛』酒井善三監督(2) 観客にまで押し寄せてくる“狂気”を描く

2026.07.05 by

認知症の母の介護をひとりで背負った娘。そんな母娘を取り巻く“呪い”を描いた『遺愛』が公開中の酒井善三監督と、自身初の時代劇『黒牢城』が公開中の黒沢清監督が対談。日本のホラー映画を牽引し、国内外の映画製作者に影響を与え続けてきた黒沢監督が、これからのホラー映画を担う酒井監督に質問をぶつける。(第2回/全3回)

前回の記事:【対談】黒沢清監督×『遺愛』酒井善三監督(1) 正体の見えない恐怖をどう描くか

「正義のために、よかれと思って行動する孤独なヒーローのようなイメージでした」

黒沢:映画の後半の方で、彼女がフライパンで自分の手を焼いてしまう。多分あの辺から物語のテイストがガラリと変わってくる感じがありました。つまり何か怪異なもの、さっき仰った式神かどうかは分かりませんが、そういうものが出現するんじゃないかっていうのと少し違って、彼女がだんだん狂っていくという方向に話が急激にシフトしていく感じがあるんですけど。あの辺はやっぱり意図的にあのシーンから物語も変えていこうとされたんですか?

酒井:そうですね。とにかく展開が停滞したら嫌だなと思いまして。ここまで詰め込んでこうなっちゃったら、ここで物語が終わっちゃうぐらいまで一旦ここで進めて、そこからどういう風に展開させようみたいな、割と後々考えていくみたいな感じでプロットを練っていきました。ここで話が一旦終わって、急に別の話が始まるみたいな感じでも、展開が停滞するよりかは、飽きずにお客さんは観てくれる方が良いという気持ちもあったんですよね。特に90分、長編が初めてだったってこともあって、持て余してしまうと言いますか。

黒沢:なるほど。

酒井:そんなにいらないという(笑)。ストーリーをオリジナルで書く分には90分はちょっと長いなと思っていて、説明のシーンができちゃったりすることもあるから。とにかくどう展開させよう、飽きさせないためにどうやったら良いかと考えました。

黒沢:真っ当にエンターテインメントにしようとしていたわけですね。

酒井:全体として面白いっていうよりかは、もうとにかくつまんないシーンをなるべく少なく行きたいという思いではいます。

黒沢:ちなみに、どんどん展開していこうとか、あるいは途中でガラリと変わって別の方向に話が進んでいくみたいなものとして何か参考にされた作品とかあるんですか?

酒井:展開が変わること自体はそこまで何かを参考にしたわけではないんですけど、途中でジャンルが変わってもいいやと思っていました。ここまではニューロティック・スリラーと言いますか。『テナント/恐怖を借りた男』とかですね。

黒沢:『テナント/恐怖を借りた男』ですか。

酒井:はい。疑惑だけでとにかく45分ぐらい行く。疑惑のまま90分を描くのテンポが悪いと思ったので、そこで一回区切って、もうこれから先書けないからちょっと違う風に書いていこうと思って。そっから先は何というか、デヴィッド・クローネンバーグの『デッドゾーン』のイメージでした。正義のために、よかれと思って行動する孤独なヒーローのような。

黒沢:なるほど。

酒井:『デッドゾーン』自体そうだったと思うんですけど、運命に抗うみたいな話を中盤からスタートできればなと思ったんですよね。なので、かなり歪な作りになっていて。

黒沢:それはすごい。『テナント/恐怖を借りた男』と『デッドゾーン』が合わさったのですか。なんて贅沢(笑)。どちらも名作ですね。

「何か決定的な事件を起こすところに、何かの因果が関わっているという見せ方がしたかった」

黒沢:ちょっと分からなかったのが、途中で少女が出てきますよね?

酒井:はい。

黒沢:お葬式の時にも出てきて、前半はほとんど記憶にあまり残らないんですが、後半になるとこの少女の存在が重要になっていく。はっきりとはわからなかったのですが、あの少女はどういうキャラクターなのですか?

酒井:最初に亡くなった旧友の子供です。その後、母親も殺人を犯してしまい、児童相談所のようなところに行って、でもそこからストレスなのか石を投げるようになってしまい、それが巡り巡って……なんかこう「運命の歯車」がカチリカチリと噛み合っていくようにしたかったんです。人物説明をセリフでするのも違うなと思い。その辺がちょっと伝わりにくくなってしまったところかもしれません。何か決定的な事件を起こすところに、何かの因果が関わっているという見せ方がしたかったんです。

黒沢:あとこれは些細なことかもしれませんが、赤い風船が飛んでいくシーンがありましたが、あれ何だったんですか?すごく印象に残ったので。

酒井:僕はロングプロットを一気に書くタイプで、そこから友人の宮﨑圭祐に初稿を書いてもらえるかなと相談して書いてもらったんですよね。そしたら写真を破っている母親に怒鳴るシーンの手前で、なんか足にガラスが刺さると、彼が書いてたんです。僕のプロットにはなかったことで、これってなんか溜まりに溜まったものがこう風船みたいに割れるってことでいい?と聞きまして。

黒沢:ほう。

酒井:彼が書いてくれた初稿は、まだモノローグがあまり入ってなかったんですけど。僕としては、これはもう「はったり」みたいな感じになってしまうと理解したうえで、とにかく興味を引くために、その人の個人的なモノローグを入れていったほうがいいかなって思ってたんですよね。それは『カウンセラー』とかでもやった方法だったので。

それでよく分からない連想のモノローグみたいなもの、例えば貯金箱がどうとか、忍者がどうとか、なんかよく分からない子供の頃の記憶を人に向かって喋っていく人みたいなモノローグを入れようと思った時に、だったら風船に関するモノローグ入れようかなと思ったんですよね。だとしたら、風船ぐらいならそんなに映すことは大変でもないと思い入れてます。

黒沢:それはそうですね。

酒井:なにかちょっと興味を引く必要があると思いました。突然あのような物騒な話をし始めたと思ったら急に人間ドラマになって、回想が長く続くので。お客さんが飽きるかなと思ったんですよね。なんか絵的に「ん?」って疑問形を持たせたいなと思って。それで、あ、これは風船出しとこうって。そしてモノローグに繋げようと思ったっていう感じですね。

黒沢:何か過去の映画のオマージュで赤い風船が出てきて、それを何か想起させようとか、そういうことでもなかったんですね。

酒井:そうです。そういうことでもなく、もうシンプルに風船。で、なんか「風船っていったら赤だよな」みたいな話をしていました。

「こっちにも何かその狂気が押し寄せてくるんじゃないか、観てるこっちも狂ってくるんじゃないか」

黒沢:床に落ちる照明が目玉みたいな感じになっているなと思って見ていたら、後半急に強大な目玉のようなオブジェがバーンと出てきて、この目玉みたいなものが何か一つの符号としてあるのかなと妄想したんですけど。

酒井:あれはまさに目玉です。目のライトをつけていて。打ち合わせをしている最中に照明の西山さん(西山竜弘)「酒井さん、ちょっとこれ使ってもいいですか」って写真を見せてもらって。それが目玉のライトで。最初に見た時はちょっと露骨だろうか、とも思ったんですが(笑)。

でも基本、スタッフがやると言ったらほぼお任せで、物語にさすがに抵触するなという時は言うことはありますが、基本やりたいって言ってくれてるものは全部やってもらった方がいいと思っていたので。「もちろん、お任せします」と言ってやってもらいました。

黒沢:そんな露骨ではなかったですけど、ただ気がついちゃうと「あ、そこにも」ってね。

酒井:黒沢さんは撮影照明についてはかなり言われるんですか?それともある程度お任せなんですか?

黒沢:そんなに細かいことは言わないです。こだわる瞬間もあるんですが、そんなにこだわりはないですね。ただこの表情見せなくていいんで影にしてくれ、とかそういうことを言う時はありますけれども、全体のプランとかはそんなに細かくは言わない。「あそこ目玉にしてくれ」とは言ったことはないですね(笑)。

ちょっと話を戻すようですけど、特に後半…、やっぱり狂気の描き方の部分。観ている側も単に狂ってる人を見てるっていうだけじゃない、こっちにも何かその狂気が押し寄せてくるんじゃないか、観てるこっちも狂ってくるんじゃないか、と。だから怖い、この映画見てるとやばくない?という感じがだんだんしてくるんですけど。カウンセラーなんかもまさにそんな感じがありましたが、やはり狂気というものに酒井監督は興味があるんですか?

酒井:普通は映画だからあくまで客観的な映像が存在する、っていう風に撮るラインを引いてると思うんですよね。ところが僕の場合は、どうせ全部嘘、映画だから、客観も何もないっていう、という考えを持っていて。客観なのか主観なのかがだんだん分からなくなってもいいや、っていう気持ちで『カウンセラー』でそれをやってみました。その中で、こういう方法なら、低予算の中でもやりようがある、と思ったんですよね。なので今回もそれを割とやっていて、記憶なのか実際のことなのか、書いてる方もよく分かってないけど、混濁していくっていうものを入れておくことで、何かしら心理的な圧迫感みたいなものをお客さんも感じてくれるかな、と思ったんですよね。

黒沢:そういう「現実なのか妄想なのか、だんだんその境目をなくしていこう」という発想って、例えばどんな映画の影響とか、「この映画みたい」とかあります?

酒井:ちょっとありきたりかもしれないですけど、リチャード・フライシャー監督の『絞殺魔』です。

酒井:他人の記憶、回想の中に急に聞き手が出たりする。過去の話、記憶の中の話をしているから、そこはリアリティのゾーンとはちょっと違う、みたいなことをやっている。あとは特に『カウンセラー』の時とかそうだったんですけど、クロード・ミレール監督の『検察官』。尋問していく話のなか、途中でフラッシュバックが一瞬入るっていう。その記憶が結局、記憶違いなのか何なのかよく分からないんですけど、話している間にその人の主観なのか客観なのか、曖昧なものが出てくるっていうのは、音と絵がずれてることにもハッとするし。そういう意味でこういうギミックは結構使っています。もちろん黒沢さんの『キュア(CURE)』も。カットが変わったら急に妄想が覚めていたり、そういうイメージはそこにもあるのでそれも参考にさせていただいています。

黒沢:撮ってる時は「これは現実、これは妄想」って割と明確に分けて撮ってらっしゃるものなんですか?

酒井:全く分けていなかったです。はっきりと分けてしまうとこの曖昧さみたいなものもなくなってしまうため、緊迫感というか精神的な圧迫感みたいなものも減るような気がしまして…。映像的には曖昧になるけれど、役者さんには全部本当にあったことです、という前提で説明して撮影しました。

黒沢:なるほど、でも映画ってそういうものですよね。どんなに撮る時に確信を持っていても、繋いで出来上がったものはどうとでも見れるんだな、これ、っていうね(笑)。「絶対説明が必要だ」と思っていたものの説明の部分をカットしても誰も疑問に思わない、なんてよくありますよね。

酒井:まさに、そうですね。

『遺愛』上映中
配給:ライツキューブ

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