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【対談】黒沢清監督×『遺愛』酒井善三監督(1) 正体の見えない恐怖をどう描くか

2026.07.04 by

「禍々しいと言いますか、単に怖いものが出てくるというだけではない、底知れぬ恐ろしさがありました。さすがだなと思いました」

認知症の母の介護をひとりで背負った娘。そんな母娘を取り巻く“呪い”を描いた『遺愛』が公開中の酒井善三監督と、自身初の時代劇『黒牢城』が公開中の黒沢清監督が対談。日本のホラー映画を牽引し、国内外の映画製作者に影響を与え続けてきた黒沢監督が、これからのホラー映画を担う酒井監督に質問をぶつける。(第1回/全3回)

このレベルに達しているホラー映画って近年記憶に無いです

黒沢監督(以下、黒沢):『遺愛』を拝見させていただきました。予想通り非常に怖く、かつ不気味で。禍々しいと言いますか、単に怖いものが出てくるというだけではない、底知れぬ恐ろしさがありました。さすがだなと思いました。

怪異が起こる、何かが出てきそう、というのと重なって、だんだん狂っていく。その狂気と怪異のバランスが実に絶妙で。多分観ている側が単に怖いというだけではなくて、ある種のリアリティのようなものがだんだん崩れていき、どこにリアリティの基盤を置けばいいのかがだんだん怪しくなっていく。観ているこちらもだんだん狂っていくんじゃないか。この映画を観ているだけで、そういった感覚に陥っていくという、なかなか目指してもそういう風にならないと思うのですが、ホラー映画の最高の形に今持っていってるんだろうなと思いました。このレベルに達しているホラー映画って近年記憶に無いです。

前半の舞台はオーソドックスな家の中ですが、今回は認知症の母が得体の知れないものに出会うという点がユニークです。佳奈には最初は分からないものの、それが次第に実体化してくるのではないかという怪異の予感と恐怖で物語が繋がってく。その恐ろしい正体がそう簡単には見えてこない、何か出てくるんじゃないかという恐怖でずっと引っ張っていっているわけですが、色々なアイデアをそこに散りばめられているとは思うのですけれども、その辺の「本体は出てこないけど出てきそうな感じ、見てしまいそうな感じ」っていうのはどのように作られていったんですか?

酒井監督(以下、酒井):まさに本体が出てこないという状況を引っ張り続けなきゃいけないと思った一方で、どこかで出さなければいけないのか、どうなのだろうかっていうのは迷った部分でした。ただ、出しようがないということもあって、最後まで結局出さないという方向性にしました。予算的な問題と時間的な問題も含めて、出すとなった時に「何を出したら面白いか」っていうビジョンがあまり見えないというか。僕に、今まで作られたものを超える怖い何かをビジュアルで表現するのは厳しいなと思っていて。だったら、いっそ「何もないモノ」と切り替える、みたいなことで何かできないかと思いました。

なので、ある程度そこを山場みたいに、何もないモノ、かつ何か寄ってくるっていうのをフォーカス、あるいは切り返しという技法でやってみるという。何というか、ややいい加減ですけど、そういう風にやった方が、まだ勝算があるだろうと思ったんです。それまでは気配で持っていかざるを得ないけど、でもそれもやりすぎると勿体ぶった感じにもなるので、上手くドラマと絡められないかな、と思い今の形になりました。

「ああいうところに意外に出るんだよな、っていう感じを漂わせる」

黒沢:でも、特に母がふっと庭にいる何かを見てるようだ、と思わずそっちを見てしまうっていう、あの目線の演出っていうのは巧みでしたね。あと鏡があって、カメラの逆側が映っていて、あっちも気になるなとか。やっぱり俳優の目線にはかなり相当、神経を使われたんですか?

酒井:そうですね。「こっち見てください」とか「あっちを見てください」と、そういうシンプルな感じですけど。あとはそのときカメラのフォーカスをどこにするか、迷ったところですね。例えば人物の背景が少しフォーカスがアウトしているけど、ああいうところに意外に出るんだよな、っていう感じを漂わせる。で、何か「見えた」っていう芝居のタイミングで、そっちにフォーカスを急に合わせるのも、なんか押し付けがましくなるから、その辺もどうしよう、という塩梅(あんばい)が難しくて。

黒沢:一瞬、窓の向こうに⋯。あのシーンはビックリしました。ぱっと曇る瞬間があるじゃないですか。あれを見ると「え、『ジュラシック・パーク』のヴェロキラプトル?」と思いました。ということは、哺乳類などの恒温動物?と一瞬思わせる。実体があるようでない、と言いながら「あ、息してる、ヴェロキラプトルなの?」っていう、あれは上手かったですね。

酒井:ありがとうございます。まさに、あれヴェロキラプトルと説明して、スタッフのみんなにも「これ『ジュラシック・パーク』をやりたいです」と話していました。結局スタッフ間でも「これ見えないですけど、どんな動物なのかはっきりさせてください」という話にもなりました。ちょっと分からないけど、なんか鳥と犬が混ざったみたいな感じなのかな、とか結構いい加減に(笑)。

黒沢:いい加減と言いつつ、映らないけどそういう実体のある、妖怪と言っていいか怪獣と言っていいか、そういうものを一応想定はされたんですね。幽霊とか悪魔とかいった類ではなく、ある種の実体を持ったもの。

酒井:そうですね。特に撮影の川口諒太郎くんとずっと一緒にやっているんですけど、撮影する時に「フォーカスも見えない怪物に合わせたい」と僕が言ったのですが、「それって動きつけてくれないと困ります」みたいな話になって。現場でその段取りというか、僕がこう「これ怪獣です」とか言ってやっていたんですけど。なんかよく分からないけど「立ち上がります」とか言って(笑)。

「一切見せなかったのが正解だったんだろうなと思いますね」

黒沢:それを言葉にするのも野暮かもしれませんけど、何を想定したんですか?呪いとか色々なキーワードがあるわけですけれども、こっそり…何にしようとされたんですか?

酒井:僕はあまり呪いとか超常現象など詳しくないのですが、調べてみたら、なんか「式神(しきがみ)」というのがあるらしいんですよね。犬の形をしているものとかもあるらしくて。ただ普通の犬だとなんかちょっとな、という気もしたので、四つ足の動物みたいなイメージではいました。撮影している最中に、僕は鳴き声とか全く考えてなかったんですけど、録音の伊豆田(伊豆田廉明)さんという方が「ちょっと、監督、怪物の鳴き声これがいいと思います」とか言って、休み時間にYouTubeを見せてくれて。それが「ヒクイドリ(火喰鳥)」だったんです。

ヒクイドリが、バオーッと鳴いているんですけど、その鳴き声がいいという話になりまして。なんとなくその犬みたいな四つ足の生き物だけど頭部は鳥っぽい、という風に撮り始めました。

黒沢:もちろんそれをビジュアルとして見せるつもりは最初からなかったわけですね。

酒井:そうですね。単純に難しいっていうこともありました。CGなどやれる人間もいなかったので。

黒沢:いや、一切見せなかったのが正解だったんだろうなと思いますね。色々想像ができて。

「ホラーっぽいSEは嫌だなと思っていて一切やっていないです」

黒沢:今、音の話が少し出ましたけど、音楽や効果音も、多分近年のホラー映画にしてはずいぶん抑えているなという印象です。静かな中で、時々ゴソゴソっと聞こえたり、微かに聞こえる音とか、相当抑えながらも色々な音を入れられてるんですか?

酒井:あまり驚かす形で音はつけなくていいと思っていました。あとは環境音をあえて切ったり、むしろ音を消すために厚めに音をつけて、それを途中で切ったりして、記憶が混濁していく感じにしていこうと思っていました。あとはホラーっぽいSEは嫌だなと思っていて一切やっていないです。

黒沢:自然に、聞こえたかもしれない音、みたいな。

酒井:まさに、そういう意味合いでやっていました。

黒沢:主演の山下リオさんが素晴らしくて、狂っていってるなという感じと、正面の顔も激しいけど品があるというか。すごく激しい何かを心に秘めつつ、いい塩梅に抑えてある感じがして。後ろ姿がまたいいんですよね。後ろ姿がめちゃくちゃ良くて、めちゃくちゃ怖い(笑)。そういった部分も気を遣われたんですか?

酒井:あまり意識はしてなかったんですけど、私が商業映画を撮るのが初めてということもあり、そんなにプロの役者さんとやった経験もなかったので。普通に見るとちょっと美しすぎるから困ったな、とか。

黒沢:なるほど、贅沢な悩みですね。

酒井:日常に見えなくなってしまうのではないかと思いました。でもやはり、そこはプロの役者さんで、画面に入ると説得力がある。なので、あまり注文もしていないです。とにかく目がとても大きく、惹きこまれる。

黒沢:そうですね。彼女が何を見ているのかっていうのが気になりますよね。

酒井:すごいなと思いましたね。

『遺愛』上映中
配給:ライツキューブ

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