
恐ろしいのは、すべてがルーティン化された無味無臭の毎日か、それともその崩壊か。気鋭の映画レーベル「NOTHING NEW」と岩崎裕介監督がおくる、染谷将太主演のホラー映画『チルド』が公開中だ。
劇場上映で異例の連日満席を記録した「NOTHING NEW」製作の不条理ショートフィルム集『NN4444』で、最後を飾る『VOID』を手掛けた岩崎監督。友人の死とそれに無関心な世界に直面する高校生を描いた同作は、のちにYouTube上でも限定公開され、話題を呼んだ。静かな恐ろしさで観る者の心にシミを残すような彼の作風に惹きつけられている映画ファンは少なくないはずだ。
長編デビュー作となる『チルド』では、コンビニ店員の主人公・堺が繰り返す“同じような毎日”が、些細なことから崩壊していくさまが描かれる。空っぽの主人公を見事に表現してみせる堺役の染谷将太、ルールの死守を絶対とするコンビニオーナー役の西村まさ彦、どこまでも軽率な同僚・室田役のくるま(令和ロマン)、彼らの日常に風穴を開ける新入りバイト・小河役の唐田えりかと、絶妙なキャスティングも本作の魅力だ。
岩崎監督に、本作のアイデアの出処や、短編『VOID』とのつながり、ホラーのルーツなどについてお話を伺った。

――本作、めちゃくちゃ怖くて面白かったです。コンビニを舞台にするアイデアはどこから来たんでしょうか?
岩崎監督:ありがとうございます。僕の実家がコンビニなんですけど、「NOTHING NEW」と長編映画を作ることになったときに、ある企画メンバーにコンビニをテーマにすることを提案されて。確かに書けるかもしれないなって。自分のバックボーンがコンビニというのもあるけど、「恐怖って何だろう?」と考えた時に、仕事の合間なんかにワーッとコンビニ入ってワーッとサラダチキンを手にとってワーッと食べてる自分が思い浮かんで。「これ本当に食いたいんだっけ、なんかもう仕組みに支配されてるな」「僕たちの意思みたいなものって、もう奪われちゃってるんだな」という感覚が、原点としてあったんです。その消費者としての目線と、コンビニオーナーの息子という当事者の意味で、結構必然性があるテーマだったんですよね。
――ご実家がコンビニなんですね。コンビニをやっている自分の父親と、劇中で西村まさ彦さんが演じているオーナーはリンクしているところがあるんですか?
岩崎監督:そうです。服装とか佇まいとか、どこか腹の内が読めないところとか、完全に父親がモチーフで。監視カメラモニターの前にずっと座っていて、店と一体化しているんですよ。西村さんをキャスティングさせていただいた理由は、ちょっと父親に似ているからっていうのもあるんですよね。西村さんにはこのキャラクターは僕の父親だということを説明しつつ、店とほとんど同化している“システムの化身”で、化身ではあるけど、それ自体ではないと伝えました。過去の設定もあるんですけど、敢えてあんまり話さなかったですね。

――西村さんは役柄にどんな感じで臨んでいたんでしょうか。
岩崎監督:たぶん最初は苦戦したんじゃないかな(笑)。オーナーだけ僕の中で具体的なモデルがいるっていうのもあって、かなりイメージができていたので。「うん」っていう口癖があるんですけど、全部同じ「うん」のほうが非人間的に見えるので、間やトーンに再現性がほしかった。そういう部分を作っていくのは結構大変そうでしたけど、オーナーのクリーピーさ、怖さの部分は西村さんが持ち込んでくださったもので、僕の想像を超えていましたね。
――染谷さんが演じる主人公の堺にはモデルはいない?
岩崎監督:そうですね。……でも堺は僕ですね。さらに言うと、僕が実家のコンビニを継ぐことはなかったわけですが、広義の意味で堺に感情移入してる部分があって。現代の宿痾として“フィルターを作りやすい”っていうのがあると思うんですけど、SNSもそうだし、ある種みんな自閉的になれるじゃないですか。自分ができることだけをやっていれば成り立つものが多すぎる。“外の世界は厳然として在るが、内から外に出る必要は別にない、なぜなら心地よいから”みたいな。そういう無限に続くぬるま湯みたいな地獄の感覚が僕の中にあって。普段は広告業界でCMディレクターをやっていて仕事をエンジョイしているけど、たまに、ふと“別にこの業界で何かを成したところで……”みたいな虚無感がある。ただ仕事がすごく面白いし、お金もいただけるからやってるっていう。自分のノンポリで無思考で浅薄なところにすごく嫌悪感があるから、それを染谷さんに堺としてやってもらっているという感じです。

――その虚無感から脱する方法というのは、自分の強い意思を介在させることなんですかね。
岩崎監督:そうですね。この映画もメタ構造になっているのが面白いところですけど、まさにその“映画を作ること”が、僕にとって“できないことをやってみる”という意味で、自堕落で自閉的な空間から抜け出すひとつの方法だったんです。「NOTHING NEW」が「一緒にやろう」と誘ってくれたことで、僕は堺になることから抜け出せたみたいな部分がある。
ただ強い意思というのも、ある種の狡猾さを一緒に持っていないと、“出る杭は打たれる”という残酷なことが起きやすいと思うので。そこで、一緒にやってくれる人の存在って大事なのかもしれない。作中でドミニクっていう外国人労働者のキャラクターがいるんですけど、彼が母国の恋人に電話するシーンがあって、それは唯一、僕なりに愛のあるカットなんですね。他者のためだったり、人と一緒に頑張ったら、その無限の地獄からも抜け出せるんじゃないかみたいな感覚があるんですよ。だから、(虚無感から脱する方法は)意思もそうだけど、“他者”じゃないですかね。
――この作品は怖い展開が始まるまでもずっとじわじわ面白くて、特に外での堺の喋り方。マッチングアプリで知り合った女の子と会っている時の喋り方や空っぽな笑い方が、すごく可笑しくて不気味でした。
岩崎監督:嬉しい! それは初めて言われました。あそこだけ僕がめっちゃ演出してるんですよ。堺は“無”だから、基本的には演出してないんですよね。最初に染谷さんとがっつり話し合っただけで、食卓のシーンとマチアプのシーン以外は何も演出していなくて。
マチアプは外部の象徴なんです。彼の世界ってコンビニしかないから、そこから一歩外に出たとき、むき身の自分で接する方法を知らないんですよ。だから雑誌で学んだ知識とスタンスという防護服を着ていて、女の子と話す時はこう、観葉植物の話を持ち出せばいける、みたいに芝居がかってしまう。堺はずっと一定で愛着を持ちにくいキャラクターなので、彼のそういうキモさ、浅はかさもひっくるめてなんか可哀想だなと思ってもらう、好きになってもらうために演出したシーンでしたね。

――細かい話になってしまうんですけど、堺が遊んでいるスマホのアプリゲームって『VOID』のセリフに出てくるハムスターのゲームですよね?
岩崎監督:そうです(笑)。あれは『VOID』を観てくださった方にちょっと喜んでもらえる要素として入れました。でも意味的にもちゃんと接続してるんですよ。堺は潜在的に“支配したい”欲求がある。植物をゼロから育てるのも、実はその現れで。自分で国を作るみたいなところに憧れがあるんです。そのハムスターがカフェを経営するゲームをやっているのも、権力への固執みたいなのが出ちゃってるっていう。
――このゲームってオリジナルなんですか?
岩崎監督:そう、存在しないです。でも『VOID』に出てきたエピソードは実話です。大学の頃にゾンビがカフェを経営するゲームをやってて。3年ぐらい毎日やってて、データが消えたんですけど、なんにも思わなかったんですよ。消えてもなんにも思わないものに3年間を費やしていたのか……っていうのが自分的にかなり喰らっちゃったんですよね。

――染谷さんのあの最初と最後のあの表情が素晴らしいですよね。あれって監督の方からどんな指示を出されたんですか。
岩崎監督:やばいですよね(笑)。あの表情はなかなかできない。染谷さんは終始、“ただいるだけ”、“如何に何もしないってことに徹するか”みたいなことをやっていましたね。あのシーンも特に感情とかないんですよ。「何もないです」と言って演出もしていない。ただ“無”を体現してもらっただけ。
――最初と最後で同じ表情をしていると思っていたんですけど、ちゃんと見比べてみたらもう、最後は死体のようというか。
岩崎監督:そうそう、もう一段階進んでいるんですよね。生きてはいないけど世界は続いてしまっているっていう残酷さ。他のキャラクターもある種、意思を持って死に突き進んでいったりとか、死がもたらされたりする……けど、それは自分の意思をフィードバックさせた結果でもある。それすらないと、どっちつかずの生と死の境にいることになってしまう。“それが一番辛くないか?”というのを提案したかった映画なので、まさにラストカットはそれを表現できてるのかなという。
――『VOID』も割とその生と死の境目というか、ちょっとテーマが似ているんですかね。
岩崎監督:そうですね。ポスト『VOID』的な話ですよね。『VOID』ではその諦観というか、他者の死を内面化するまでの話だったから、精神的な続編ではあるのかもしれない。僕はそういうところに興味があるんでしょうね。

――『VOID』は男性ブランコの平井さんが出ていて、『チルド』は令和ロマンのくるまさんが出ていらっしゃいますけど、芸人さんをホラーの作品に出演いただく面白さみたいものってあったりするんでしょうか。
岩崎監督:もともと僕は演出家として、人の共通認識を覆すことに興味があって。“この人はこういうキャラクターの人とされているけど、よく見るとこうじゃない?”みたいな。平井さんはもともとプライベートで仲が良くてよく飲みに行くんですけど、めっちゃ性格のいい人なんだけど、ふとした時に禍々しさがあるなって。それを活かせたらいいなと思ってキャスティングさせていただいて。
くるまさんは経歴が自分と若干似ているんですよ。中高が私立の男子校で、慶応大学出て、自分のメインフィールドでもう行くとこまで行っちゃってる。そこの虚無感みたいなものは多分無意識で表現できるだろうって直感的に思ったんですよね。あの人は何でもできちゃうから、これはもう絶対できるだろうと思ってオファーさせていただいたら、案の定想像を超えてきて嫌になりましたね(笑)。マジで何でもできるんじゃん!みたいな。
――『VOID』の平井さんはかなり不気味でしたね。平井さんメインでホラーの作品が作れそうな。
岩崎監督:ポテンシャルありますよね。プライベートは真逆でめっちゃいい人なんですよ。超好奇心旺盛で芯も強いし、大好きな方ですね。
実は『VOID』でカットしたシーンがあるんです。平井さんが演じているあの先生って“秩序の象徴”なんですけど、生徒の靴下の色について指摘するじゃないですか。あの後、職員室のシーンがあって。注意された女の子が反省文を書かされている、その横で平井さんが日誌を見てる。で、女の子の横からブクブクブクブク!って聞こえるんです。で、パッと横を見ると平井さんは日誌を見てる。「どう?」って聞いてくるからまた反省文を書いて。で、またブクブクブクブク!って聞こえるからパッと見る。すると平井さんがコンビニのアイスコーヒーをストローでブクブクブクブク!ってしてる(笑)。そういうシーンがあったんですよ。要は、秩序の象徴みたいな人間もギアが外れて、“アイスコーヒーの黒い泡がブクブクしてるみたいに厄災がもう爆発寸前だよ”っていうイメージとして入れたんだけど、シーンとしてあまりにも強すぎちゃって。めっちゃ怖いんですよ(笑)! 主人公の感情の導線が1回キャンセルされちゃうので、やむなくカットしたんですけど。

画像:『VOID』より
――『VOID』も『チルド』もホラー作品ですけど、ホラーのルーツは?
岩崎監督:僕は高校生ぐらいのころが一番シネフィルで、死ぬほど映画を観ていたんですけど、当時は正直あんまりホラーは観てなかったんですよ。でもホラー映画で好きなのはやっぱり黒沢清大先生ですね。静謐で論理的なんだけど、どこかのタイミングですごい飛躍していて、気付いたらもう黙示録的なことになっちゃってて手遅れ、みたいなムードがすごく好きで。僕は因果応報とかヒトコワ的なものに対しては懐疑的なんですよ。“結局いちばん怖いのは人間だ”みたいなことも。『チルド』は一見そう見えるかもしれないけど、どっちかというと、システムそのものとか不条理な何かや大きなルールみたいなものに人間がなすすべなく蹂躙されていくっていうのが好きで。その根底にあるのがやっぱり『回路』とか『CURE』だなと思うんですよね。
――黒沢清監督の作品は私も好きなんですけど、好きな人が多い割には、Jホラーであの匂いを感じさせる作品ってそんなに出てきていないような気がしています。
岩崎監督:そうですね。邪推かもしれないけど、“怖がる対象”を登場させる作品が多いですよね。そういう面白さもあると思うんですが、僕は単に幽霊や象徴的なキャラクターが登場する作品にあんまり怖さを感じなくて。僕は“怖がる対象がない”、“現実世界がむしろ怖い”みたいなことに興味があるので、そっちを粛々と頑張っていきたいなとは思います。映画館を出てからが本番みたいなホラーを作りたいんですよ。映画を観終わった後に、「やだな、コンビニ行きたくねえな」と思ってしまうような呪いをかけたい。そういう感想がいちばん嬉しいです。
――今後もホラーを撮ってくださるんですか?
岩崎監督:はい。もういくつか動いていて。やっぱり本業のCMディレクターだとネガティブなものを描きにくい部分があるので、映画作る時はやっぱりホラーがいいなっていうのはずっと思っています。
――ちなみに黒沢清監督以外にもルーツってあるんでしょうか。
岩崎監督:山下敦弘監督ですね。『リアリズムの宿』はすごく原体験として残ってる。CMの仕事ではモロに影響を受けていて。スタティックな会話劇を作っているんですけど、しょうもなさとか気まずさみたいなものをじっと見据える感じが根底にありますね。
あとは北野武監督。死生観とかあっけない感じとかはすごくインスパイアされてると思う。めちゃくちゃおこがましいけど、北野監督の破滅的な感じって、なんか分かる気がするんですよ。失敗したいんじゃないかな、恥かきたいんじゃないかな、みたいな。そう感じるんですよね。

『チルド』
2026年7月17日(金)、テアトル新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開
(C)『チルド』製作委員会 (NOTHING NEW・東北新社)















