この記事は1年以上前に掲載されたものです。
妖怪マガジン「怪」と怪談専門誌「幽」が合体した、KADOKAWAのエンタテインメント・マガジン『怪と幽』。4月28日発売の最新号vol.004では「こわ~い本 ぼくらはお化けと育った」と題した特集を掲載する。
特集では、絵本作家せなけいこ流の「お化けの作り方」が表紙・グラビアを飾るほか、伝説的怪談本『学校の怪談』著者・常光徹へのインタビュー、佐野史郎×有栖川有栖の対談、レポート「令和の子供たちに訊く! こわ~い本」など、盛りだくさんの内容が楽しめる。また、総勢18名の著名人にアンケートをとった「私のトラウマ本」を大公開。この記事ではその回答の一部を紹介する。
押切蓮介(漫画家)
『学校の怪談』
常光 徹:著 楢 喜八:絵
講談社KK文庫
<コメント>
この本は小学生の時に初めて買った活字の本です。いま見るとコミカルな発想と面白おかしいお話に笑えてしまうのですが、当時は通ってる学校が殺しにかかってくると思わせられるくらい恐怖を感じたものです。あまりに没頭してほとんど暗記した記憶があります。
挿し絵の雰囲気もどことなく僕のキャラクター描写に似ていて、かなり影響を与えられた一冊でした。トラウマというものは人生に大きな影響を及ぼす力があると思います。この本のテイストと僕の作風を見れば、どれだけ僕がトラウマを与えられたのか、説得力を感じると思います。
乙一(作家)
『せかい いち おおきな うち りこうになった かたつむりの はなし』
レオ・レオニ:作・絵
谷川俊太郎:訳
好学社
<コメント>
作者は『スイミー』のレオ・レオニ。この絵本に描かれている、妖しくも美しいカタツムリの絵は、今もはっきりと覚えている。
この絵本には、実在しない形のカタツムリが登場する。うずまき状の殻に極彩色の棘を生やす個体だ。その姿が何とも異様で、おぞましく、退廃的で、死の気配に満ちていた。幼少期の私はあの異様なカタツムリの姿に対し、神を冒凟しているかのような気持ちにさせられたのだ。その結果、今、私はカタツムリという生命に対して苦手意識がある。怖い。カタツムリが。あのうずまきに、コズミックホラー的なものを感じるのだ。
しかし、幼少期の私は、何回もこの絵本を読み返していた。カタツムリの絵に恐怖しながらも、同時に魅入られていたのだろう。
加門七海(作家)
『プンク マインチャ ネパールの昔話』
大塚勇三:再話 秋野亥左牟:画
福音館書店
<コメント>
絵が怖い。ジャワ更紗を意識したと覚しき絵柄は、芸術的でエキゾチックだ。しかし怖い。話も怖い。曲線の連なる暗い色調。その中の真っ赤な山羊の群れ。真っ赤な炎。真っ赤な血。
優しい双頭の牝山羊は殺された挙げ句に食われてしまうし、賢い鼠は棒で叩かれて目玉を飛び出し、大量の血を吐いて死んでしまう。継子虐めに遭っていたプンクは幸せになったのか。それよりなぜ彼女は、継母の実子に鬼から逃れる方法を伝えなかったのか……。最後、娘の死を聞く継母が、顔を隠して髪を梳く絵も不気味でしかない。
しかし何よりわからないのは、幼い私にこの本を買って与えた親の気持ちだ。今見ても、読み返してもやはり話も絵も怖いのに。
貴志祐介(作家)
「剃刀」
志賀直哉
『志賀直哉全集 第1巻 或朝 網走まで』岩波書店 所収
<コメント>
恐怖は予期せぬときに現れるから恐ろしい。ホラー映画でも、主人公が息を止めながらシャワーカーテンを開くと、たいてい何もない。それは、直後、観客が気を抜いたときに、突然姿を現すのだ。
小学生の頃、志賀直哉が怖い作家だと思ったことは一度もなかった。教科書にも載った「清兵衛と瓢簞」や「小僧の神様」が代表的で、端正な文章で、小さな捻りが名人芸という印象しかなかった。だから、全集で「剃刀」を読んだときも、まったく身構えておらず、床屋の芳三郎が多少情緒不安定でも、ありがちな挿話として話が終わるものと信じて疑わなかった。客に小さな傷を付けてしまった後、「一種の荒々しい感情が起」こり、「いきなりぐいと咽をやつた」という文章を読んでも、すぐには何が起きたのかわからなかった。
私は、本を閉じて、誰にも何も言わなかったが、その後しばらく、床屋に行くのが怖くて堪らなかった。
小松和彦(文化人類学者・民俗学者)
『吸血鬼ドラキュラ』
ブラム・ストーカー:著 平井呈一:訳
創元推理文庫
<コメント>
「私のトラウマ本」は『ドラキュラ』(平井呈一訳)。幼いころ見た映画の、ドラキュラが朝日を浴びて見る見るうちに溶けて灰になり飛散するシーンは、衝撃的であった。以後、吸血鬼映画のファンになり、その後原作をはじめとした吸血鬼小説も読みあさり、さらにそれが高じて吸血鬼信仰・伝承の研究にも興味を持つようになった。
ドラキュラも魅力的だったが、彼に執着し闘うヘルシング教授に強く惹かれ、「そんな学者になれたら」という思いを抱き、ヘルシング教授に似たことができそうな学問を探したら人類学や民俗学に出会い、いつのまにか妖怪学者になっていた。
そう、今の私は、日本のドラキュラ=「妖怪」と対峙しながら、その妖怪の魅力に取り憑かれ、その末に愛してしまっているのだ。
本誌では、このほか近藤史恵、佐藤健寿、真藤順丈、高橋葉介、多田克己、恒川光太郎、東雅夫、平山夢明、松村進吉、宮部みゆき、村上健司、夢枕獏、綿矢りさの「トラウマ本」を紹介している。
『怪と幽』vol.004
定価: 1,980円(本体1,800円+税)
発売日:2020年4月28日
判型:A5判