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1983年、それまでジャンル映画が存在しなかったオーストリアで突然変異のように誕生した、あまりにも”異常“であまりにも”危険”な傑作映画『ANGST』が、『アングスト/不安』の邦題で7月3日(金)より日本初劇場公開される。
本作は、1980年に同国で実際に起こった、ヴェルナー・クニーセクによる一家惨殺事件を映画化した実録スリラー。刑務所出所後の殺人鬼=狂人の、不安やプレッシャーによる異様な行動とその心理状態を、凶暴かつ冷酷非情なタッチと斬新なカメラワークを用いて表現。狂人自身のモノローグで綴る構造や全編に徹底された陰鬱なトーンなど、作品自体が”異常“であり、他に類を見ない芸術性を発揮した作品だ。ギャスパー・ノエ監督が本作を好きな作品として挙げているほか、『屋根裏の殺人鬼フリッツ・ホンカ』ファティ・アキン監督は「人生のホラー映画ベスト4」に選出している。
その凄まじい内容のため、本国オーストリアでは1週間で上映打ち切りとなっており、各国で上映禁止やビデオ発売禁止といった憂き目にあっている。日本でも劇場公開されることはなく、『鮮血と絶叫のメロディー/引き裂かれた夜』というタイトルで1988年にレンタル用VHSが発売されたものの、世の中に出回った数は極少で、観ることの難しい作品となっていた。
監督は、殺人鬼の心理を探るという崇高な野心のもと、全額自費で本作を製作し、本作が唯一の監督作品となったジェラルド・カーグル。本編の不穏なエレクトロサウンドは、元タンジェリン・ドリームでアシュ・ラ・テンペルの作曲家クラウス・シュルツが手掛けている。また、狂人が内に秘めた”不安“をアーティスティックなカメラワークで映し出したのは、アカデミー賞最優秀短編アニメ賞を獲得した『タンゴ』(81)やジョン・レノン、ミック・ジャガーらのMVで知られる世界的な映像作家ズビグニェフ・リプチンスキ。
夢に出てきそうな強烈な日本版ビジュアルは、『U・ボート』『アンダーワールド』で知られる俳優アーウィン・レダーが扮する殺人鬼K.が、暗闇で何かを叫ぶ顔をアップでとらえたもの。このビジュアルはジェラルド・カーグル監督も絶賛。「素晴らしい。見事だ」と表現したそうだ。
本作で描かれている内容は、1980年当時の司法制度では裁ききれなかった為に発生した事象で、事実に基づいた倫理的に許容しがたい描写が含まれている。本作の映倫の区分はR15+とやや甘めになっているものの、娯楽を趣旨としたホラー映画ではないので、鑑賞は覚悟の上でどうぞ。
『アングスト/不安』
7月3日(金)よりシネマート新宿ほか全国順次公開